私はしばしば後輩に仕事のことでアドバイスを求められることがあります。
そういう後輩たちは他の後輩たちに比べてやる気もあって向上心がそれなりにある子達です。
そんな彼等を見てきた私が見つけた、ズバリ、これが原因なんだよ!っていう共通点について今日は書きたいと思います。
いきなり答えを言うと、武道などでよく使う
『型』
です。
その人の見た目や姿勢などの身なりのことではありません。
大袈裟な表現をすると、その人のライフスタイル、生活全て、もっと言うと『生き様』です。
人に教えを乞うと言うことは、自分のやり方ではうまく行かないので、上手くいっている人にそのやり方を教えてもらう、ということですよね?
勿論、最初にどういうつもりで、どうゆう覚悟があって相談してきてるか確認します。
なんとなく質問してるだけなのか、人生変えるつもりで本気でやってるけど、うまくいかなくて相談して来てるのか。
本気で自分を変えたくて相談してきてる場合には、受けたアドバイスに対して徹底してやらなきゃいけない。つまり
師の型にはまる
ということが必要です。
自らの手法がうまくいかなくて、師に教えを乞いているのに、その『型』の中で自我を没することができないなら学ぶ意味がない。
ということです。
成功者の手法の真似をする(「学ぶ」は「真似ぶ」からきてます)、それがその流派に入るということです。
更に具体的なレベルで真似るのが、「型」。これは単に同じ動作をするということが目的ではありません。その教えの精神、その動作を追究するためのノウハウ、更には
生活自体をその「型(鋳型(いがた))」に嵌める
これがあってようやく、うまくいかない自分の手法や癖を崩してアップグレードできるわけです。
※鋳型というのは熱して溶かした鉄なんかを流し込んで同じ形の物を作るための入れ物です。
私が細かく示した内容を微妙に変えてやってみたり、自分の甘えの部分をそこに介入させてしまう。それで「なかなか上手くできません」と泣きついてくる。
自分のやり方がダメで人に泣きつくのなら、その人の言うことは
『徹底』して守れ。
かくなる上でのアドバイスはそれにつきます。
自分のアイデアがあるならそれを持って改めて相談しにくればいい。
成功例を真似び、鋳型に嵌る。師の教えは絶対に守り、自我を没する。
いつしか固まった型の中で、より自分に合ったものを見つけて殻を破る。
その自分のオリジナル、又は半オリジナルが師の教えより優れたものであれば自立して師を離れる。
これを武道の世界で
守破離(しゅはり)
と言います。
一番大事なのは「守」でしょう。
完全オリジナルでどこまでも通用する知識や技能を持って生まれてくる人などいませんから。
それが、学ぶということなんですね。
これは私が教える側の立場になって改めて気付かされたことです。
