30代半ばの昭和生まれの私の視点からの話。
世の中「便利」を求めすぎて、そろそろ敢えて元に戻した方がいい領域に来てると思っています。
人間本来の力とかあるべき姿を失いだしてますよね。
例えばトイレ。今やウォシュレット付きは当たり前、離れれば自動センサーで流れる。
「自動」って、機械が「自分で動く」てより、この状況の「自分」て、うんこした奴やろ!って思うわけです。そう、自分の便は自分で流すと言う当たり前が変わりつつある。もし、故障とかじゃなくて、自動機能がないせいで流れなかったら(流さなかったら)便器、ウォシュレットのせい!みたいな。それ、違うからな!という当たり前を教えたくて我が家は自動で流れる機能オフにしました。
子供が学校とかの施設が追いついてなくて、学校とかでうんこ流し忘れていじられんの可哀想じゃないですか。習慣化してるとやりますからね。
後はもう逆に恐いのが、オール電化ですよ。
日常的に火を見てない、扱ってない子達が火やガスを扱う最初の機会が遅れすぎて、親が側についてない時に初めてそれを扱う可能性が高まってると思うんです。
育てたのは自分らなのに「最近の子は馬鹿だよねー。こんなことも知らないんだから」とか言う大人も出てくるでしょう。
火だとかガスだとかってのは「ちょっとミスっちゃった」で済めばラッキーだけど、取り返しのつかないこともあるわけで、女の子だけど一生治らないような火傷を手に負っちゃったってくらいでもまだラッキーだと思った方がいいくらいだと思うんです。
この間、夏の思い出にもうすぐ4歳になる3歳の娘に手持ち花火をやらせてみました。

まだ教えたことが徹底できずにちょっとしたことでもすぐ怒られる年齢で、かなり私としては楽しむと言うよりはピリピリしながら安全面を気にしていました。
何度も注意をしましたが途中、やはり危険な動きをしたので、怒ってしまいました。
それがどれだけ危険なものかってこと、一回のミスが許されないものがあるんだぞっていうこと。まだ言葉では分からない。けど、実体験をもって教えるわけにもいかない。
だからきっと、あそこでしっかり怒ったのが一番正解だったんだと思います。
その時自分の中で「まだこの子には教えるにしても早いか?」という葛藤がありました。本人が「ちゃんとできる」と言っても格闘技で言うレフェリーストップやドクターストップが入らなきゃダメなことも頭をよぎりました。
幸いその後、誰も怪我なく花火を終えました。火を扱うと言う経験もさせられので一歩前進。
親からするとマジで全っ然楽しくなかった。1秒も油断できないですから。
でも,一番良くないのが危ないからってそうゆう機会を親が端から奪ってしまうこと。やらなきゃその時はそりゃ安全。でもそれは本当の安全ではない。
社会ではもはや自然に体験できなくなってる当たり前のことを体験、一種の訓練として付き添ってみてやらないといかんなーって思うんですよ。
我々世代だと、出かける前に必ず火の元を確認するって習慣があると思うんですけど、それは継承して行かないといけないと思います。
安心を求めての自動化が、実際は油断を生んでいる。
このことはこれからのひとたちやその親に肝に銘じて貰わないととんでもない事故に繋がりかねないですよね。
子供を被害者にも加害者にもさせないために。
勿論、私も、あなたも、他人事ではないですね。
では、また!
