思考力を育てる   in IT社会

IT社会で物事が便利になっていく一方、人間としてもともと持ち合わせていた能力が失われるものもあります。

そういった話題をこれまで何度か投稿してきましたが、今回はその中でも”勘”が失われる可能性について焦点を当てて書きたいと思います。

社会ではいい加減な指示を出されても「良い加減」に物事を処理できる人材が必要です。

極端に有能なレベルではなにしろ、我々はみんなそういった勘に頼った処理能力を持ち合わせています。

プログラミング学習が導入され、そういった教育を受けた子たちはいい加減な指示など出さない大人に育つのでしょうが、多くの人と接し非論理的な類の思考力も高めていかないと、逆に適切な指示がなくては「良い塩梅を察する」ということができなくなることも考えられます。

それこそ言語化されていない状況や他人の表情、社会通念上又は倫理上妥当と判断されることが酌めないというこも大いに考えられます。

もっと悪い場合には、逆に言語化されて規則化されたものに対し、盲目的に従ってしまうとか。

いますもんね、今の世の中ですら。

「そうなんだけど・・・・そうじゃないんだよなぁ;」っていう感じ。

「は?なんで、この間そう言ったじゃん!」 

「マニュアルにこう書いてあるじゃん!」

要は、ケースバイケースに対処できない人。柔軟性のない、いわゆる「思考停止」の人です。

若いうちは単に社会経験の少ない「未熟者」で済むのですが。許されるのは20代前半まででしょう。

コンピューターへの指示は厳密にその通り完璧に指示しないとその通り動きませんし、逆に指示した通り完璧に動きます。

これをこれまでのいきさつや経験から「1」の指示で「10」分かり得るのが人間であり、機械に勝る部分です。

極端な話、昔のドラマなんかで見る

「おい、アレ持ってこい!」

で、通じる感じ。

その「アレ」が通じないことをネタにしたドリフのコントや、最近ではNHKの「おかあさんといっしょ」でもそんな感じのコント(?)が見られます。

それは

「分かるだろう!この場合の「アレ」といったら○○しかないだろう!」

と思うから面白いわけで、これがリアルに通じなくなったら笑えないかも知れませんね。

指示する側は、厳密に明瞭な指示を出す必要があり、指示される側は、指示の意図や背景まで酌めるとビジネスマンとして理想です。

これからの人間に求められる要素の一つとして「創造力」というものがあります。

創造力は、知識を知恵に変え、その時々の文脈や状況に応じて直観的に判断する力からなるものです。

これは機械にはマネできません。

人間にとって最も重要なことの多くが論理的には説明できなかったりするんですよね。

これまでの歴史的なイノベーションもこの直観力から生まれました。

考えてみれば当然ですよね。

今のところまだ幸い、創造(想像)することは人間だからできることで、その点、機械は所詮機械だと言えるわけです。

ここに大きな意味や価値があります。

野球の野村監督が書かれた本に出てきた言葉ですが、

「人の最大の武器は感性。最大の罪は鈍感」

とあります。

そうです。「暗黙知」といったら難しく聞こえるかもしれませんが、要は「感覚」です。

この感覚・感性は機械とだけ向き合っていたら育ちません。

時代は良い方へ向かっています。

何か変化するということは意図せず弊害が何かしら起き得るものです。

その変化の中で改善の流れを妨げる障壁は大人たちが取り払っていかなくてはいけませんね。

論理的思考だけじゃない、総合的な思考力を身に着ける教育を心掛ける必要があるなと、ふと思い、今回の記事を書きました。

直接的な人との繋がり

これが今後ますます重要です。

間接的にも多種多様に及ぶコロナの脅威から子供たちを本当の意味で守る!

ともに戦っていきましょう!(=゚ω゚)ノ

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