「絶対」という言葉の意味を知りました。

この歳になって「絶対」という言葉の意味を理解しました。

対になるものがないという状態。

「絶対値」とか「絶対音感」の「絶対」。要は相対的じゃないってことですね。

基本的に大きい、綺麗、おいしい、遠い、などの形容詞は「絶対」の反対語である「相対」のもになります。

比べるものがあってそのようだと言える表現です。

一方、日本語には「絶対」という言葉から少しニュアンスをずらした「絶対的」という言葉もあります。

本能的に無償の愛を施せる我が子は「絶対的にかわいい」と表現できるのではないでしょうか。

これは「絶対にかわいい」と表現しても間違いはないのでしょうが。

我が子は何と比べることなく、我が子である以上かわいいのです。

同様に家族はかけがえのない家族であり、血の繋がっていない異性である妻が世界一の美女でなくても唯一の私の妻である以上、絶対的な存在なのです。

(そこは「絶対的にかわいい!」っていっとけよ!!)

よその奥さんより良い母、良い妻であるか、など比べるだけ無駄です。意味がない。

異性に対し、若いうちは優秀な遺伝子を残せるパートナー選びに奮闘することでしょう。本能的に当然のことです。

それがいずれ長い年月を共にすること自体に意味が生じ、徐々に唯一無二の絶対的な存在に変わるのです。

「彼氏」「彼女」から「家族」になるということは代えの利かない存在を持つということです。

「愛おしい」も形容詞ですが、これに関する自分でも驚きのエピソードがあります。

我が子が生まれ、この世に絶対的に愛おしい存在が出現した日から世界が変わりました。

世界一かわいいのではないかと思っていた小動物などが私の中で以前ほどときめく対象ではなくなったのです。

これは私の脳内で「かわいさの格下げ」が起こったと考えています。

矛盾したような表現になりますが、絶対的な存在の出現により、相対的に、絶対的存在以外のものが後退したということです(ややこしい💦)

また同時に、異性に対する興味が、正しい表現か分かりませんが「2Dになった」と言うか立体次元的な奥深い魅力を感じなくなりました。

「絶対的特別な異性である妻」以外がリアルの世界から消されたようなバグの世界。

(この現象を「大魔法使いなつみの呪い」と呼びます。)

一定以上の美人を「あぁ美人だな」と思うだけ。

そもそも当たり前なのですが、「別に関係のない人」になった感覚です。

私が寝ている間に5円玉を紐で吊るした大魔法使いに呪術をかけられていないのであれば、

これは絶対的な存在が私の世界に出現したことによる(私の中の)世界の変革なのだと思っています。

「絶対に」=「間違いなく」という、間違ってはいないが浅はかなニュアンスとしてその言葉を捉えていましたが、「対になるものがない」という言葉の本質部分に触れたことを私の奇妙な実体験を交えて一筆たしなめてみました。

単に辞書などで知識を増やしただけでは言葉の本当の意味を知ることはできないことにも最近気づきました。

日本語の奥の深さに気付ける器を人の親としてこれからも広げて行きたいと思います。

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