苦手なことにどんだけ挑めるかが重要になってきている。

昔は格闘技にしても、「どのバックボーンが一番強いか」なんて時代もありましたが、今は「穴(欠点)」がないことが重要な要素になっています。
それは社会人として生きていくうえでも全く同じな気がします。

もちろん何か「武器」を持っている前提ですが、例えば「私は英語が得意なんで!」と、それだけで社会的価値を見出すのはほぼ不可能です。

農家も同じ、もともと「百姓」という言葉は「百個の仕事を何でもやるひと」的なニュアンスからその名がついたそうです。
経営も農業もいろいろできなくては生き残れません。

社会人になりたての頃の私は筋肉バカと言われてきました。

当時は完全に使われる側だったこともあり、これと言って何にも長所がない人よりは重宝されてはいましたが、40代に差し掛かろうとしているおっさんが未だにそれでは困ります。

私の場合、苦手としていたITを、経営者になるなら苦手のままではいられまいとここ数年ようやく学び出しました。

ひとつのことにまず全力で取り組みつつも、目指すべきところはもっと先の先。

私はここ数年、幅広いジャンルの基礎知識と、3つくらいのプロ級の専門知識を追いかけて頑張ってます。

きっと何か一つのことを全力でやれるようになったから「幅が大事!」とか言えるんだとは思うんで、子供にはまず何かひとつを全力でやれるように教育していくつもりです。

でも、その先があります。

子供達にも然るべきタイミングで警告していきます。

これからの時代は「○○にしか使えないやつ」はあんまり根強く盤石な需要がなくなってきているように見えますから。

組織への依存度が高まるリスクを減らすには、この考えが必要です。

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