世界観という言葉自体がタブーな世界

娘を初めてディズニーランドに連れて行った時のお話です。

初めて我が子をディズニーランドに連れて行った私が興奮してしまってやらかしたー!と、こっそり反省している話になります。

正直、ディズニーって“見方”じゃないですか?

普通に考えて安い値段ではないですし、そのくせ待ち時間が長い。

冷めた目で見たら「いや、これ高ぇだろ」ってものばっかりですから。

私は結構残念な育ちをしてるんで、今のような価値観が持てなかった若い頃は苦手でした。

そんな私ですが、メルヘンチックな妻と結婚することができ、可愛いすぎる子供たちが産まれてその“見方”が完全に変わりました。

そこで売られているその物と言うより、そこで買う物や経験にはそれだけの価値があるんだと思うようになりました。

特にビジネスの世界に首を突っ込むようになってから『物の価値』についてよく考えるようになって分かりました。

あれは『搾取』ではない

と。

で、ですね、話しを戻しまして、ミッキーマウスと写真が撮れるコーナーがあるんですけど、

そこで当時の私は

『うわぁ~~~、娘が会いたがってた本物のミッキーに会えたーー!』

と感極まってしまいました(理解されがたい感情?)

その感動のせいで最後、退室する時

「ありがとうございました!」

とミッキーに対して言ってしまい、その直後

「(・・・・・・・じゃ、ねぇだろーーーー!!!)」

と強烈な自責の念。

そこは

「ありがとうミッキー!」

だろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

世界観って知ってるかーー!?

勝手にベテランの小柄の目上の方が中に入ってるイメージで対応するなーー!

と、猛烈に反省しました。

今思えば、「世界観」という概念すら家か駐車場に置いてからゲートをくぐれ!と思います。

子供たちには夢を見させてあげたい。

わがままもこの日ばかりは許してあげたい。

子供の頃クリスマスの日、親に

「サンタさんは?」

と聞いたら

「うちは仏教だからキリスト教のサンタさんはこないんだよ」

と言われ漆黒の世界観で生きてきた私のように、子供達にはなってもらいたくない。

(それとは別に親には感謝していますが)

かなり話の軸がぐにょぐにょしてしまいましたが、結論、

時に、見えていても見えないことにするのも大人には必要。

それを心の奥底から自分を騙せるくらいになることも自分が幸せになるために必要ってことです。

ディズニーランドを素敵なものだと思えるようになれて私は今、昔より幸せです。

家族のおかげですね。

ではまた!

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