「最強」よりも「最適」こそが最高

特にことトレーニングに関して当てはまる話しですが、如何に最強の負荷を与えるかより最適な負荷を与えて効率よく成長するかが重要です。(ビルダー系の場合は勝手が違うみたいですが)

精神面においても同じ。

私は昔、強豪校の空手部の門をど素人が勢いだけで叩きにいってメンタルごと潰れたことがありました。

その時の行き過ぎた負荷が、後に結局活きてくることはあるのですが,その時は空手家としては花咲く前に散ってしまいました。

結局、その後空手に対する執着心は消せず、いい人脈に恵まれて潰されることなくすくすくと空手家として成長していきました。

それが当時の私の成長に適した負荷だったからでしょう。

そういったことはその後も続きました。

空手家としての実力も自信もそれなりについた頃、それはもうめちゃくちゃな練習をする格闘団体に半強制的に押し込められた時にはもう全てをボロカスにされました。

結局プライドも自信も全て失って、初めて格闘技を見るのも嫌になりました。

「もう俺にはなんの取り柄もない」

そう思った時に側にいてくれた妻の存在はありがたかった。彼女は昔から私が格闘家であることなどなんとも思っていなかった。それがその時になって初めて嬉しかった。

いや、めちゃくちゃ話はそれましたが、人が成長するには、人を成長させるには適切な負荷ってものがそれぞれあるって話しです。

逆にその負荷が弱過ぎても今頃後悔しているでしょう。

「あの時もっと頑張っていたら俺は今頃どこまでいけてただろう?」

そんな後悔の方が私は嫌なので、一度潰れる経験をして正解だと思います。自分の限界を知るということです。

それがないと本当の「最適」は分かりようがないですから。

私の人生のターニングポイントはそういった挫折した時でしょう。

挫折はした方がいい。

でも、もう2度と再チャレンジする気にはならないくらい限界まで追い込んでからじゃないとギブアップしちゃダメです。

ギブアップしといて「まだやれた」はダサい。

成長のための最適と、引き際を見極める時の最適は違いますからね。

あなたの思っている「最適」は本当に最適ですか?

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