前回の記事から波及しての話題ですが、また別の視点での“人間の欲求”について思ったことを書きます。
欲求とは動物が生存し、子孫を残すために必要なものですが、度を超すと逆に身を滅ぼします。
食べすぎても寝過ぎても体に悪いですし、性欲が強すぎても法や秩序の範囲内で生きられなくなります。
3大欲求だけではありません。
物が欲しい、お金が欲しい。楽したい。痛い、辛い思いはしたくない。
いろいろありますが、全ての欲求において身を滅ぼす範囲、つまり、自分の健康を害するレベルや、法に触れるレベルに膨れ上がらないようにコントロールしなくてはなりません。
それが人間と他の動物との大きな違いのひとつでしょう。
そんなこと考えるのは、昔あったとある事件というか芸能人ニュースがきっかけです。
もう、だいぶ昔の話しですが、某超有名アーティストがお金関係で巨額の不正を行って逮捕されました。
私はその時強い衝撃を受けました。
その人のファンだったからではありません。
その人の稼いでる額たるや、それはそれはもうとんでもない金額のはずなのに、
「え!?まだ、金欲しいの!?」
ってところで仰天しました。
確実に一生贅沢して生活できるはずなのに,私が思うような贅沢はもはやその人には普通か、それ以下なのだろう。
この時に思ったのです。
人の欲望は無限だ。
どれだけ稼いでも満足はしないのだ、と。
だから現状に満足して感謝する。これこそが最強の生き方なのかも知れない、と。
「幸せになる方法は、今、幸せであることに気づくこと」
ひとつの考え方としてそれは大いに共感しますが、その発想ひとすじではどこか私の中で違和感が残ります。
やはり、バランスなのです。
自分の力ではどうにもならないことを憂いても仕方ないので、その場合には「足るを知る」の精神を持つべきですし、その方が幸せです。
ですが、「まだやれる!」も追求せずしてせっかく与えられた命を燃やし切れる気がしません。
「足るを知る」と「満足したら終わり」という一見相反する性質の考え方の肝を絶妙に突くことが大事です。
逆に絶妙に悪いとこだけ掻い摘んで生きると、とんだへっぽこになります💧ただの言い訳野郎です。
私は自分でやれることはとことんまでやり尽くしたい。命を燃やし尽くすようなイメージです。
スプレー缶に例えると、中身残ってるのにガスだけ抜けて終わってしまうような気持ちの悪い終わり方は嫌ですね。
まぁ結局、人に迷惑かけずに、死ぬ時に自分が満足できるならどんな生き方でもいいのでしょう。
満足の度合いや種類は人それぞれですから。
ただ、やっぱり少なくとも私の身の回りの人には後悔しない人生を送って欲しいです。
そのためには、毎日、毎分、毎秒、後悔しない選択を繰り返していきましょう!
ではまた!
