知ることを欲するには

私もおっちゃんになってから気づいた悪いパターンの典型ですが、学生時代にもっと勉強しておけば…って今更思うんですよね。

社会という実戦の場に立って、ようやく自分の能力、実力を心から欲します。

寝る間を惜しんでまで自ら勉強したい!と思うようになります。

苦痛で仕方なかった学生時代。その二度とは返らぬ時間を今になって羨ましく思って、後悔の念にかられます。

少年老い易く学成り難し

ずーーーっと昔からそんな言葉が、おっちゃんたちから子供たちに投げかけられてはスルーされてきた。

だから今もその言葉が語り継がれているわけで…。

これを「世の常だってことでしょう!」では、子を持つ立場としては済ませたくないなと思いました。

大半の人達にとってそれは「世の常」とゆうことで終わるのかも知れませんが、まだ間に合うタイミングで親がそれに気づけたら、親の自身の学生時代は取り戻せないけど、子供の将来を好転させることはできるんじゃないでしょうか?

「じゃあ、どうやって?」「そんなの子供に言ってるけど言うこと聞かないもん!」

という声が聞こえてきそうですが、私の場合は勉強に関して殆ど何も言われなかったし、教わってきませんでした。

両親とも学がないもので💧

で、今何を思うかと言うと「こうゆうことは子供の頃大人たちに教えてもらっときたかったなぁ」ってことが多々あるんです。

繰り返しますが、うちは無理だったんです。親が勉強とかしてなかったんで。

子供に言っても聞かないのと、親がそもそも言わないのでは全然違うと思います。

多分、自分でいつか気づく時がくるんでしょうが、親からいろいろ言われて育った子の方がそのタイミングが早いでしょう。

あわよくば親の教え方次第で子供のうちに理解してくれるかも知れませんし。

小学生時代ダメでも中学生、高校生、もしくは大学生でバイトを始めて気づくかも知れません。

「あ、親が言ってたのはコレか!」って。

社会で必要とされるのは大変なことなんだって気づくのが社会人になる直前だっていいじゃないですか。

ほんと、思いますよ。実戦を経験せずして勉強の大事さに気づけるのはそりゃ難しいと。

難しいと知りつつ、これからこんな課題を自分に課します。

自分の成長をまずやめない。

そしてその背中を子供達に見せつつ、子供達にその必要性を教えていく。

タイムスリップして、自分の学生時代に戻っていろいろ教えてやりたい。

でもそれは無理なんで、代わりに自分の子供達にそれを施し、託します。

「パパは未来からきた君たちだ!」

そんなことを言うと

「は?(危ないひときた。恐い恐い。)」

ってなるんで、言わないですけど、そんなイメージです。

寄り添って、一緒に成長していけたらいいな。

そんなことを思いました。

ではまた!

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