今の二十代くらいの方でも、もしかしたらYouTubeでご存知かも知れませんが、元ボクシングのミドル級チャンピオンの竹原慎二さん。
現役を引退した後にも、ガチンコとゆう番組の不良をプロボクサーに育てる企画で一気に知名度を爆発させました。
ボクサーになる前は広島の粗大ゴミと呼ばれるような不良少年でしたが、プロボクサーとして今でも日本人では歴代数えるほどしかいないミドル級という割と大きい人が闘う階級で世界チャンプにのし上がった逸材です。
そんな強さの塊みたいな竹原さんですが、数年前、ステージ4の膀胱癌という病魔に蝕まれていました。
その闘病記をここで改めて掲載する気は無いのですが、その中で私が強く印象に残ったことと、そこから気付かされたことを書きます。
一番私が印象的だったのは、闘病中の竹原さんの笑顔でした。
俺だったら笑っていられるかなこの状況で。
いや、強ぇなぁ…
そんな印象を受けました。
きっと昔から“死”という概念に向き合ってきていたのではないでしょうか?
それにしてもなかなか人は“死”が頭をよぎる環境下で笑顔にはなれないものです。
そんな竹原さんを見て、ひとつ気付かされました。
例えあと余命が一年だったとして、残りの時間を笑って過ごしても、泣いたり怒ったりして過ごしても、一年とゆう長さは変わらない(むしろ医学的には笑っていた方が身体に良いとも言われています)。
だったら笑っていた方が得だなって思いました。
余命が短くなればなるほど、1日や1秒の価値は高いように思われます。特定の期間内だけで言えばその1日、1秒の割合が高まるので。
だけど、実際は違います。
1秒、1秒の価値は生まれてから死ぬまで同じです。
違うのは、その1秒の価値に気づけているかどうかです。
きっとそれに気づけるのはたまたま何かの疑似体験(本やYouTubeやこういうブログ記事など)に出会えた人か、実際に死にかけたことのあるひとくらいでしょう。
私はいつも終わりの時を意識しています。だから1秒が惜しいです。
そういう考えをするようになってからいろんなものが変わりました。
時間の使い方を変えたら、自覚できるほどに能力があがりました。周りの評価もあがりました。人生の幸福度、満足度も昔とは比べ物になりません。
そしてこれからは、更に「なるべく笑って過ごそう」、そういう考えを加えて生き方をアップグレードすることにしました。
明日、死ぬとしたら。
今日、貴方は笑って過ごしますか?不機嫌に過ごしますか?
ではまた!
