数学を勉強する意味

今日は勉強嫌いの学生さんに読んで欲しい内容です。

これは完全に個人の解釈なので「これが正解」と言うつもりはありません。私の人生における経験に基づく意見です。その前提で読んでください。

私は若い頃、自分の人生を無駄にしてきました。

今だったら仕事をせずに勉強に専念できるなんて最高すぎると思う。それは社会とゆうガチの実力社会の野生に解き放たれてようやく気づく価値。

今はとにかく実力が欲しい。そのためならどんな努力でもする!いや、したい!そう思える。

私の両親は、父は戦時中に生まれた、The昔の人。学など全くない。そんな概念がないもんだから何も勉強に関して教わったことはない。

母はもう少し若いが団塊世代の大家族で若いうちから妹たちの面倒をみたりして、これまた学など全くない。

幼少期、特別バカではなかった私は普通に学校に通い、普通に宿題をし、普通に得意不得意が多少あるとゆう普通の成績だった。

両親からは「勉強しなさい」とか言われたことはない。中学生くらいになると、それなりにやっていた私は既に両親の勉学関係において口を出せる範囲から超えていたのだと思う。

自らが親になった今、子供の勉強については結構大きくなっても口出していこうと思っている。何故なら

「あの頃の大人(基本的に親)がもう少し世話を焼いてくれてたら」

そう思えてしまうことが多々ある。

高校は、そこが空手の名門校であるというだけで進学校に入学してしまった。

得意だと思っていた英語もいつしか全く他の秀才達には及ばず、若さゆえの見栄で「俺には空手がある」と空手馬鹿になっていった。

その時の部の顧問が言った「空手馬鹿になるな」と言う言葉が、その時は「なんでこんな死ぬ気で毎日やってんのにそれに専念しちゃダメなんですか」と納得していなかったが、大人になって痛いほど理解した。

進学校で全く勉強についていけず、学校に呼び出されたこともある母はそれでも大して何も言ってこなかった。

そう、両親共に勉強に関しては全くの放任主義だったのだ。

遺伝に関する実験で年収が低い家庭の子供は大きくなっても年収が低いというが、それは遺伝もあるが、親が子供に経済的にも時間的にも投資できない上に自分がやってこなかったことを教えられないという要因がでかいんじゃないかと思っている。

そんな私は典型的な「数学なんて社会で使わねぇし」という考えの持ち主だった。学のない親は「確かに!」としか言えなかった。

しかし今の私はそう思わない。子供にはこう教えようと思ってる。

「数学っつうのはな、『脳トレ』なんだ。世の中に理数系の頭を待っているやつと、文系のやつがいる。だけど、どっちかに極端に偏るなら理数系の方がマシだ。この能力がある奴は自分の頭で物事を深く分析できる。暗記系が主な文系の方がマニュアル人間になりやすい。機械に仕事を取られ安いぞ。でも、どっちも必要な能力なんだ。知識だけじゃない、同時に能力をつけるんだ。その問題を解くための『頭』が将来役に立つんだよ!」

と、少なくともその場で理解できずとも、人生のどこかで早いうちに気づける可能性を与えてやりたい。

社会にでて必要にかられてわかることがあまりにも多い。だから親の影響力ってのは大事だなって思った。

これについてはまた、別の機会に記事にしようかな。今日はこの辺で!

では、また!

コメントを残す