芋屋への道 土地開拓編

当初計算していた目標収益に対して、必要な面積を確保するには農地とされている範囲のほぼ全てを開拓する必要があった。

その土地の一部は比較的放置されている期間が短く、「畑」と呼べるほど恵まれた状態のものだった。しかし、そうではない大部分を占める土地がとてつもなく私を苦しめた。

そこはその昔、妻の祖父(以後「おじい」と記す)が畜産を営んでいた場所であり、私が妻の実家に初めてきた頃の10数年前はまだ奥行きがずっと見渡せる栗林であった。

しかし、その時のイメージで現場に足を踏み入れて絶句した。

まだ肌寒い茨城の3月だと言うのに、背丈をも遥かに超える草木が生い茂り、栗の木の枝が散乱して草刈機も入れられない。

とりあえず退かせられそうなものから人力で移動させるしかなかった。

地面を露出させるための作業が最初の関門だった。

次に立ちはだかるのは他では見たことのないほど大きく成長した栗の木だった。潰されたら確実に死ぬような大木も少なくなかったので、とにかく安全第一。先代のおじいに毎日手を合わせてから気を引き締めて作業にかかっていた。

それまでチェーソーなどまともに扱ったことのない素人がネットで得た知識で来る日も来る日も木を切り倒していった。何度もチェーンを喰われ(木に挟まれ)ては復旧し、時には重心を読み間違えた木にチェーンを2本食われて、最終的にノコギリで切り倒したこともあった。

伸びすぎた枝が干渉し合って、倒れる方向が予想しにくいものや、切った別の木がもたれる形になってしまった木を切る羽目になった時はかなり危険が伴った。

童謡の「大きな栗の木の下で」というフレーズに冗談ではなく本気でゾクっとしたものだった。

倒した大木の枝や幹の処理もとてつもなく重労働だった。普通は人力でやる作業ではないレベルのものも多くあったが、日頃のトレーニングの成果と日没後の暗闇の中でも作業し続けたお陰で、ほぼ出費なしでやってこれた。

落ち葉や毬栗が邪魔になることや、日当たりの問題で、どうしても冒す必要のある労力とリスクだった。

時間に対してあまりに成果が上がらないようでは、商売にならないので資産を投資することもやむを得ないと思った。それでも「2時間動き続けてこれだけか!?💦」という進捗具合でも、1週間単位でみるとそれなりのペースで作業は進んでいった。

とてつもない労力を費やしたが、この時『人的資産』というものの価値の高さを痛感した。

この作業が業者に頼むとこの値段かぁ…。じゃあ、やるか!(自力で)という天秤に掛けられた後にやれることはどんな作業も自力でやってきた。

そうこうしてると完全なるど素人が簡単な機械の修理や手入れができるようになっていた。

この開拓で一番手を焼いたのは栗林の伐採ではない。経験者は大きく頷くであろう、強敵がかなりの広範囲に存在していた。

そこは笹藪だったのだ。

開拓したと思っていた地面の下には『地下茎』と言われる、次また生えてくるための笹のエネルギータンクが残っていた。そいつを根絶やしにするというのは非常に厄介極まった。

そもそも笹ジャングルを突破することに何度も心を折られた。

2m超えは当たり前、3m級の笹になると一本ずつ切っては倒れて来るのを避け、退かして次を切るという作業になる。手持ちの装備では全く歯が立たない訳ではないが、時間対効果が低すぎる。そんな笹が数百では到底効かないであろう数存在する。

そのため、難攻不落ゾーンと名付けたそのエリアはまだ落とせていない。ゆくゆくどこかで重機が必要になるタイミングがでてくると思い、その時までは手をつけない。先を見越して、時間、費用、労力が最小限で済ませるパターンを常に考えながら作業していく。

話は再び地下茎の話題。

地下茎とはおよそ地下30cmに地面と平行に走る、長くて頑丈な根のようなものである。

うちの土地は粘土質で重い上に、最近まで鬱蒼と茂っていた笹藪の地下茎は特に頑丈で骨が折れる。

文字通り根絶やしにするにはもう全ての範囲をスコップで地下茎を切りながら掘り起こすしかなかった。これにはさすがに重機を入れないと不可能だと思った。草刈りするだけでも自走式が欲しい面積を30cm地下茎取りながら掘り進めるのは無理があると。5㎡どころか横に5m掘っただけでも普通の人は辞めたくなるだろう。

それでもとりあえず今年度植える分だけの範囲くらいは自力でやってみようとやり始めた。いきなりスコップなど刺さらない地表をタケノコ用の鍬を大きくしたような重い鍬を倉庫から引っ張り出して掘り進めた。

抜群の破壊力!これならグングン進められるぞ!…体力が持てば。

この重い鍬はとてつもない勢いで体力を犠牲にする代わりにかなりのパワーが発揮される。持てる装備で一番楽な手段がそれだった。腰の限界がきては枝葉集めや伐採をし、少し回復してはまた鍬を振る。時間にしては完全にイカれた活動量ではあったが、何せ時間に限りがある。真っ暗闇になろうが、流石に危険だというレベルでバテるまで作業をしていかないと5月に芋が植えられない。家に戻るときには半分屍だった。

長年バーベルを握り慣れているタコだらけの私の手を持ってしても、指の間までも何重にもマメができては潰れていった。厚手の革手袋の上にウエートトレーニング用のグリップで補強した上でである。

筋肉とは違い、回復の追いつかない左手の中指の腱に遂には異状が出始め、酷い時には90度以上に指が伸ばせなくなった。

最も悪かったのは別々のところでそれぞれ家族のために必死に働いている夫婦間で、お互いに全く余裕が無くなり大きな喧嘩をしてしまったことだ。

幼い子供を2人抱え、私なら耐えかねるほどのストレスと睡眠不足の中、いつだって緊急事態の家事育児をしている側で、死体のように転がっているおやじにはイラついただろう。そんなイラついてる感に、余裕のない私もイラついてしまっていた。家族のために頑張ってるはずなのに何やってんだろうと思った。

それでもこのプロジェクトは私にとって最後の希望の光であり、唯一の沈没船からの脱出ポッドだった。代わりに誰か稼いでくれるわけじゃない。やめるわけには行かなかった。

そしてまた、来る日も来る日も木を切り、枝を運び、穴を掘り、本当に狂ったように働いた。倉庫にあった道具達が先に音をあげていき、木製のスコップすらもへし折れてしまった。

地下茎を掘り起こす作業は妥協するとまた生えてくる上に、一度とりあえず畑にしてから気づいたのだが、鍬で掘っただけでは地下茎だらけの畑になってしまい、いい畑にならないどころか、将来的に耕運機を導入しようと思っても直ぐに絡まって使い物にならないのである。一回に進む範囲はGPSを使って地図で確認すると、殆ど「点」だった。

体感的にはもっと遥か長い時間が過ぎたように思えたが、半年後にはプロジェクト初年度にしては十分なほどのしっかりと畑として使える面積が確保できた。

これを成し得た要因のひとつは、当初よくよく考えたうえで「これは重機じゃないと流石に無理だ」と思ったことに、改めて疑問を抱き「いや、本当に無理なのか?」と考えを改めたこと。

あとは、人的資産価値の高さに気づいたこと。体力、労力は資産だと。お金を払う代わりに学んで動いてやってみれば、お金も浮くし更に自分の能力、価値が高まると。で、これを時給にしたら今の労力いくら分?と考えると非常にコスパがいい。

もう一つ重要なこと。継続の力の偉大さが目に見えて分かった。経験上、その重要性は十分理解していたつもりだったが、今回の場合は視覚的に分かりやすく、改めて驚いた。

ひとりの人間の力はちーっぽけだなぁって、瞬間を捉えた航空写真では改めて感じたけど、そこに「時間」ってゆう四次元目の概念が絡んでくると、大ーきな力を発揮できる、みんながこの先それを発揮できるポテンシャルを持っていると思うと、人間ってすげぇなって思った。

だからこそ時間は大切にしないといけない。今日発揮した「1」の力を明日から何もしないで「100」の成果を得られているはずの頃に「1」になっていないように。

また,限られた時間の中で費やすべきことは常に考えて、何回でも考え直して後悔しないように時間を使い切らないといけない。

そんなことをあの地でおじいが教えてくれてるのかも知れない。

おじい!とりあえずあの一歩も立ち入れなくなった荒地からそれなりに農園として復活させました。

家族、いや、みんなを幸せにするこの農園にあなたの名前をつけました。

みさお農園 二代目園長 nショーン

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